シャトーブリアンChateaubriandの『ルネRené』 や『墓の彼方からの回想Mémoires d’outre-tombe』は、19世紀前半の時点で、 はやくも、 幼少期をも文学的テーマとした点で先駆的だと言われる。
しかも、孤立しやすい性格の特異な少年像をも描き出している。 たとえば、『ルネ』のこの一節。
「私の気象は激しく、性格は変り易くありました。 騒々しく賑やかな、かと思へば、むつつりと陰気になり、 小さい友達を多く集めるかと思ふと、 また俄かに彼らを捨て去つて、一人離れて坐つては、 飛び行く雲を眺めたり、 樹々の葉並に落ちる雨の音を聞くといふ風でした」(『ルネ』、 畠中敏郎訳、岩波文庫1938年、p.138.)
だが、もちろん、 好奇心旺盛で敏感な稀代の大読書家シャトーブリアンを、 この点でも特権化しないこと。オリジナルというより、 ブッキッシュで総覧的頭脳だった彼を見誤ってはならない。
フランス・ ロマン主義の系譜考察とはなんの関わりもないような秋山駿の『 信長』(新潮社、1996)が、 簡明に参考資料を提示してくれている。
信長の幼少時代を検討しつつ、 秋山はルソーやファビウスに言及する。
まず、ルソー。
「できる限りは、仲間から外れようとした。 しかし一度その仲間にはいって調子がつくと、一番熱心になり、 誰よりも遠くまで歩いた。動かすことも難しければ、 引き止めることも難しいのが、いつの場合にも、 私の変わらない傾向であった」。(ルソー『告白録』、 井上究一郎訳)
次に、ローマの盾とよばれた政治家ファビウス。 現代で持久戦をファビアン戦略と呼ぶ戦法の由来となった人物で、 第二次ポエニ戦争で大いにハンニバルを苦しめた。
「静かで黙りがちで子供の遊びに非常に用心して加はり、 物を習ふのに遅くて骨が折れ、友達に対して優しく、 外の人々には何となく愚鈍ではないかといふ疑を起こさせた」。( 『プルターク英雄伝』「ファビウス」、河野与一訳)
つまり、他の少年たちとは完全には同一化せず、 距離をとる少年像において、『プルターク英雄伝』からルソー、 ルソーからシャトーブリアンという流れがはっきりとあるというこ と。ラテン語がよくでき、 ギリシア語もできたシャトーブリアンは、直接、『 プルターク英雄伝』を読んでもいた可能性がある。
ここから、ふたつのことが推測される。
『墓の彼方からの回想』 に描き出されたシャトーブリアン自身の少年時代の自画像は、 多分に、 ルソーやプルターク由来の偉人の少年期の像の借用でもあり得るこ と。
また、『ルネ』に描かれた少年像は、少なくとも、 文学的描写の点において、ルソーへのオマージュでもあること。
もちろん、シャトーブリアン自身に、 やや得意な少年時代がなかったとまでは言えない。 ルソー少年やファビウス少年に似た傾向はあったのだろう。 それをどこまで誇張拡大したか、という話である。
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